新コーナー「ゴルフメカ談議」オープン!

謎の一般ゴルフ研究家(通称パンゴル)が、ゴルフメカニクス/メカニズムについて会話形式でお送りする、ゴルフエンターテイメントです。

ゴルフメカ談議へGO!

ゴルフに求められるのは、才能か努力か?

ゴルフなんでも

“超一流になるのは才能か努力か?” を読んで考える

一向にゴルフが上達しない自分を慰めるため、また本を読んでしまった。

 

こういう本はもちろん、端から自分に都合のよい結論を期待して読むのですが、、、

ご察しの通り!「超一流は、皆、努力によって才能(成功)を勝ち取った」これが結論です。

 

才能とは、オギャーと生まれたときから、先天的・選択的に与えられるものではありません。

皆、潜在能力としてどんな才能も持ち合わせて生まれてきますが、その後の努力が足りなかったら、才能が開花することはなく、潜在的な能力のまま闇の中へ葬られてしまうというわけです。

 

才能とは生まれつきのものではなく、努力によって自分で勝ち取るもの。まずはこの言葉を自分の中に深く刻み込むことから始めましょう。

才能と潜在能力

先述の通り、才能とは生まれつきのものではありません。自分の努力で開花させ、勝ち取るものです。

 

本書(超一流になるのは才能か努力か?)は「絶対音感は生まれつきの才能か?」という課題から話が展開していきます。

いきなりですが、冒頭から驚きの事実。

なんと「幼少期(2~6歳程度)に適切なトレーニングを施すことで、絶対音感を身につけることが可能」と分かったのです。

これにより、一般的には、10万人に1人しか絶対音感を持ち得ないと言われてきた常識が、完全に覆りました。

この事実こそがまさに、才能は生まれつきではないという証左と言えるでしょう。

 

この実験は、日本の心理学者・榊原彩子さんにより実施されたそうです。(気になる方はネットで検索)

報告によれば、2歳から6歳までの子供24人の被験者全員が、特別なトレーニングにより、絶対音感を身に着けたということですから、ほとんどの人に、絶対音感は潜在能力として備わっている(いた)と解釈できます。

※ 絶対音感の習得は、幼少期限定らしい。気になるお父さん、お母さんは急いで!

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コンフォートゾーンと限界的練習

コンフォートゾーンとは、居心地の良い領域のこと。限界的練習とは、自分の現在の最大能力を少し超えるようなレベルの練習を意味します。

一流になるためには、このコンフォートゾーンの外側に位置する自分の現在の能力以上の練習を常に課す意識を持たなければなりません。

[従来型の学習(練習)方法と限界的練習の違い]

従来型の方法は学習の目的は生まれつきの才能を引き出すことにあり、コンフォートゾーンからそれほど踏み出さなくても特定の技術や能力を身につけることは可能だという前提に立っている。

一方、限界的練習の場合、目標は才能を創り出すこと、それまでできなかったことをできるようにすることにある。その一歩を踏み出せば、学習はもはや遺伝的宿命を実現する手段ではなくなる。自らの運命を自らの力で切り拓き、才能を思いどおりに創っていく手段となる。

([超一流になるのは才能か努力か?]より抜粋)

 

練習好きのゴルファーが毎日1000個の球を打ったとしても、その練習が(量ではなく質において)自分の現能力を超えるものでなければ、それはただの運動になってしまいます。

課題と目的意識を強く持ち、昨日の自分を超えるような練習を、自分自身に課していけば、才能を創り出すことができそうです。

現在、活躍中のプロゴルファーは、もしかすると、この意識が人一倍強かったのかもしれません。

適切な心的イメージを作り上げる

限界的練習を実施するにあたり重要なのが、心的イメージを作り上げることだと著者は述べています。

例えば、ドライバーの飛距離を伸ばそうと思い、がむしゃらに振り回して自分では限界的練習を繰り返したと満足していても、おそらく安定的に将来目標とする飛距離を手に入れることはできないでしょう。

論理的に自分のゴルフスイングを分析し、合理的なスイングを心的イメージとして作り上げ、それに則った上での努力をすべきです。

 

ゴルフを始めて最初のうちは、特段深く考えなくても、スコアは勝手に良くなっていくのが普通です。

しかし、これは慣れによるもの。いつかは、壁にぶつかります。

それをどう乗り越えるか。

このようなときに、身体の動きやクラブの動きを心的イメージとして作り上げるのです。

訓練していけば、おそらく、プロのようにイメージだけで球筋を打ち分けることができるようになるのではないでしょうか。

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自己充足的予言に気をつける

「自己充足的予言」とは、簡単にいえば「悪い暗示」をかけてしまうことです。

この「自己充足的予言」の危険性については、指導者の方には本当に注意していただきたい。

生まれつきの才能を信じる気持ちは、一部の人にはある分野での才能があり、他の人々にはそれがなく、違いは幼少期からはっきりしているという考えにつながりやすい。そうすると「才能のある」子供を励まして支援する一方、それ以外の子供には挑戦を思いとどまらせ、予言が自己充足することになる。一番結果が出そうなところに時間やお金や指導や励ましやサポートといった資源を集中させたい、子供たちに挫折を味あわせたくないと思うのは人間の本能だ。本来そこにはなんの悪意もないのだが、おそろしく有害な結果を招きかねない。これを避ける一番の方法は、あらゆる人間に可能性を認め、それを伸ばす方法を見つけることだ。

([超一流になるのは才能か努力か?]より引用)

 

特に小さい頃は、早生まれとそれ以外の子供たちの間に大きな体格差が存在します。時間が経つにつれて体格依存の能力差は小さくなっていきますから、成長期における子供たちに「才能なし」のレッテル貼りは早計過ぎるでしょう。

さらに著者は、最終的には、練習の量と質が獲得する能力を決定するものと考えており、事実、テニスプレーヤーに関する研究において、ジュニア時代の成功やランキングとプロ転向後の成功を比較しても、そこに相関性は見られないと主張していますから。

まとめ

ここまで触れませんでしたが、著者は“超一流になるには膨大な練習量が必要”だと述べています。

私も、タイガーウッズのように、幼き頃からゴルフクラブを与えられていれば、今頃は米PGAツアーで活躍していたかもしれませんが、そんなこといまさら言ってもしょうがありません。

ゴルフのスキルアップのため、コツコツと限界的練習に励むのみです。

 

筋力トレーニングを日常的に行っている方でしたら、限界的練習の意味もすんなりご理解いただけるはず。自分の限界を少しでも超えるような重量を扱わないことには、筋肉はでかくなりませんから。

 

また、一番最後にご紹介した「自己充足的予言」ですが、人から言われるならまだしも、自分自身でかけてしまわないように注意しましょう。イップスのもとになりそうです。

参考書籍